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平山相太と大久保嘉人

サッカーのある幸せより。
 呼ぶなら呼んでもイイとは思う。あの高さは(だけではない/今季、オランダリーグでのプレーは一つも見ていないが)武器になる可能性があり、マジョルカ準レギュラーの能力も同様。
 ただし。
 後者は別にして、平山相太。一度も呼ばれてないが呼べば〜というのでれば、今のJにもそういう可能性を秘めた人材はいるし、“いた”。やれファミリーだ序列がどうとか散々騒ぎ、本大会直前にきて「こいつ使えそうだから呼んどけ」と。監督独自の哲学や日本代表というチームをどう見て、どのような完成図を描いたうえでのメンバー構成なのかというものを一切感じさせない場当たり的招集。呼ばない使わないよりははるかにマシだけでひょっとして「コイツはあいつじゃなくオレが初めて代表に呼んだんだ」と言われたいが為だけに呼んでいる気さえしてくる(長谷部などその典型。彼がJで輝きだしたのは3年以上前)。


 呼ぶのも登録するのも全然構いやしないが、その場合私は一つのことを永遠に記憶する。
 チャンスをものに出来るかどうかはある意味で選手次第の部分が大きいが(不慣れな位置で起用されている場合は除くし、時間もなどなどもある)そのチャンスが与えられなければどれ程の天才でもどうしようもない。そしてジーコ監督在任4年間でその才能の芽を摘み取られ、枯らされ、不当に扱われた多くの日本人選手と引き換えに呼ばれた平山相太と。
 とにかく納得出来ない。理解出来ない。
 だったらこの4年間は何だったのかと。
 もし日本中がワールドカップ優勝でひっくり返っても、私はこのことを永遠に忘れない。