0⇔∞(仮・はてなブログ継続)

こちらのブログは、はてなダイアリーの同タイトル日記から継続しています=管理人は一緒です(Twitterと以前のブログ含め管理人筆者は男ですよ)

誰かの行動や考えがなければ動けない人間が世の中の中枢にいる

  • サッカーワールドカップとヨーロッパチャンピオンズカップ/リーグもしくはリベルタドーレス杯を制した監督ってのはほとんどいない。数えられるなら、多分1人しかいない。今度のワールドカップで追随しようとしてる筆頭が、スペインとイングランド。選手と監督としてワールドカップを勝つ・・・というのであれば過去にも大勢いるが、その流れで挑んでる筆頭がブラジルとアルゼンチン。だからその決勝が各地で予想されてる。サッカーワールドカップからサッカーヨーロッパ選手権という流れで勝つチームはあっても、その逆は少なかったりもする。そういう意味でもスペインは「こじつけ」やすく、どちらに転んでも話しはつなげられる為、人気がある。どちらが勝っても・・・というストーリー。
  • 1986年ハンドから決勝、1990年pkと1992年に鉄槌。この流れをワールドカップ予選や親善試合などで「彼らがしたいようにした」のが、フランスxアイルランドのハンド、ドイツxアルゼンチンのフレンドリーでアルゼンチンが勝った2試合。しかしフランスxスペインで鉄槌。さらにリーグも認めず「あの程度のハンドならスタジアムにいれば誰でも見える」ってのが、バレンシアDFの退場としてハッキリ示されてる。これはその他リーグ戦でも同じこと。1982年のマークがなんだって?(そりゃ怒る)その後が復讐(スペインでやられ、イタリアで蘇った)?あれを「ハングリー精神」?誰だ?そんな寝言ほざいてるバカは。より以上に厳しい境遇で生活しながら、真面目に生きてる人は沢山いる。今いる似たような環境とされてる選手たちを見てみればいい。こんな事を書いたので今後しかねないかもしれないが、そんなコトしてるのがどれ程いるか。サッカーの巧い下手とは別次元の事。「誰々が見てないから、いないからしていい。見てるから、いるからダメ」だとか「いつもウルサイから本当に見てるか試してやる=試合をしてない」「こんなトコなら見えないだろう」「見てたってどうせ何も出来ない=完全な開き直り/この状態は手の施しようがない=この時点でその選手や監督はそのスポーツ含めその分野に関与する資格無し」・・・そういうのをガキんちょだと言ってるのが、まだ理解できない人たちがいる。精神未熟症候群者で溢れかえってる世の中。無駄。
  • 自然災害とサッカーワールドカップというのも歴史の話し。
  • 違うワールドカップだが、ウォッカレッドディザイアのどちらかと随分前のホクトベガ辺りの死を引き合いに出してる人や、近年における海外での不振を重ね合わせてる人もいるようです。その答えがこの数日でハッキリするだとか騒いでる人もみかけますね。
  • 本田圭祐とVitor Barbosa”Rivald”は完全に別。あの時のミランと今の日本代表も別。文章見る限り重ねて考えてる人もいるようだが、100%異なる。自分の目で日本代表チームなどを見て、そのサッカーを判断すべきだろう。
    • こういうのが最近の流れ。結果・記録ありきで考えるからその瞬間瞬間における実力や実際のプレーが反映されない。実力で勝敗が決まっていない。そのスポーツを練習してない。プレーしたことがないような試合となる。内容が無視されて結末とその後の決まり文句「〜〜が達成された」だとか「結局それが言いたかったか」という終わり方にしかならない。
  • 相手も自分達もその結果がどうであれ完全に何ともない状況下で「その去就に注目が・・・」なんて言ってる時点で、もう嘘。対戦相手がその試合で勝つ意味など全然無い試合でその相手に勝って「素晴らしい」とするのは理解の範囲を超える。
    • どこかの反町監督が「もう日本代表だとかはどうでもいい」というような発言をしたとスポーツ新聞に載っていたが、今の日本代表を正確に表現してるのではないか。大学からオリンピック代表で最初は右に起用し、いまや左の人になった人だとか含めて。
  • 教員養成過程4年から1年上乗せして5年を検討・・・そんなもんじゃない。その分野における自分の趣味、目的、考えがあるのであれば300〜400年に設定するべきだろう。先生でも何でもないが、少なくともこのブログ管理人の真似をするのであればそんなものでは足りないことは忠告しておく。さらに、人生の真似する奴などこのブログ管理人は完全に拒否することも忠告しておく。人の行動を見てからしか何かを判断出来ない奴が取り仕切るトコロってのは、全て手遅れで、致命的で、無意味。その人たちが何かをしたかった、その分野で目的あって自らの考えで行動していたのではなく、結果が良いならそれに便乗しようとしてるだけで、行われてる物事がどんな意味をもつのかなど完全に考えられてない。だから見た目だけ。少しの指摘で完全に崩れる。それが報道機関が作り出した100%嘘な世界。
  • 人には肉まんとあんまん、うどんとそば、コーヒーと紅茶などなど同じようで異なる物全てを選び、楽しみ、人生を過ごす権利がある。・・・という事で、肉まんとあんまんを大変おいしく食した。美味。両方食べられるのが当り前。
  • 質の悪いコンピューターゲームが世に出回るのも、質の悪いサッカーの試合が繰り返されるのも、各地で国やら企業やらのお詫び・謝罪会見などが延々続くのも、全ては実力不足の一言に尽きる。単純明快。プログラマーの質が低い。評論家の質が低い。監督、政治家、企業経営の質が低い。才能が無い。それだけで、他に何もない。実力がないから不正をする。八百長をする。本当に実力ある側があらゆる場面で正しく評価されない。
  • レストランなどファーストフード(もしくはファストフード)含む料理店店頭で牛や豚、鳥などを実際に子供の頃から飼育し「お客様に名前募集!」だとかしつつ、その後手打ちそばの実演のように店内で実際に殺して「あちらでお召し上がり下さい!」と、笑顔で店員に勧められ、テーブルと椅子のある食事席横で悲鳴が聞こえ、血しぶきが飛び散る中で食べると売り上げはきっと下がるだろう。同じような事ではあるが、ニュースでも何の番組でもいいから「人間以外の生き物が物品扱い」という法律や地球の状況に合わせて、人間以外の生物を生放送中に目の前で殺し、返り血を浴びたまま平然と番組を続ける局があるかどうか。それを出来るかどうか。間違っても抗議など一つもありはしないと思うが、どうだろう。