0⇔∞(仮・はてなブログ継続)

こちらのブログは、はてなダイアリーの同タイトル日記から継続しています=管理人は一緒です(Twitterと以前のブログ含め管理人筆者は男ですよ)

引き続き映画月間&サッカー

  • フランス、オランダなどでスーパーカップ終了。今週末はイングランドポルトガル、ドイツでスーパーカップ。ドイツは先月31日と1日にバイエルンシャルケ、HSV,ケルンの4チームで恒例のミニトーナメントを行い、ワールドカップ組が欠場したバイエルンを3−1で下したシャルケが勝っています。3位決定戦ではHSVとケルンで争われ、3−0で勝ったHSVが3位。
  • とある分野に対しての基礎や基本知識を持たず、経験が無いのであれば経験ある誰かに学ぶことも出来る環境でそれも拒否し、さらには現実を見ず、理解もしない。知る努力もしない人間が重要な物事を決める立場にいる状況では全てが最悪な方向にしか進まない。それが国の中枢やマスゴミにいる場合はバカ丸出しで、無知識ぶりが秒単位で世界中に流されている事すら気付いていない。ちょっと基礎を、現実を知るだけで全てが変わるのだが、それすら受け入れようとしないバカ集団は手の施しようがない。同じ事が起こっているのだから延々同じことを書き続けるのは当り前で、この事は今の日本に限らず、地球中で同じ。
    • とある方式など科学やら何やらで全てを解決出来ると悪い意味で信じ込んでいる集団は特にどうしようもない。現実において無理矢理説明しようとしている今の論理では説明の出来ない結果が現実で連続している時、彼らはその現実を見ない。認めない。絶対にその論理が正しいと信じ込んでいるため、その論理を現実より優先させる。しかし、現実と「彼らの論理が通用するように作られた仮想現実」では100%異なる結果が出続ける。そして、彼らは「彼らの論理が通用するように作られた仮想現実」が現実だと思い込む=彼らの科学などでは解決出来ていないもの、出来ない無いものが現実にあることを認められない人間ほど全てにとって邪魔な存在はない。一言だけ添えておく。「現実の事例をよく見ろ。」
  • 先日読んだとある雑誌の中に、競馬関係者は全ての自動車レースが1周だけで争われてるものだと思っている人がいるという内容が書いてあった。その関係者は1周で、しかも1レースしか行われない(と思ってる/前座のレースなどがあり、1レースだけではない)自動車レースになぜ何万、何十万人という観客が観戦に訪れるのか理解できないということだった。そして、どうやらそれはその人だけでなく、ほぼ全ての競馬関係者に共通する自動車レースへの理解だということも判明したらしい。だから、彼らの間では1〜2周程度で・・・現実の自動車レースを大幅に短縮して手軽に楽しめるように作られている「ハズ」の、現実の自動車レースにある細かい規定などをほとんど省いたコンピューター自動車レースが人気なのだそうだ。スポーツが変わればルールも変わり、同じレースでも100%異なるという基本理解に欠けているが、世の中にはそのような目で=知識や基礎が無い状態で他の物事を理解「してしまう」危うさがあるということがよく理解できる内容だった。
  • 「知らないことを教えてやろうと思ったのに・・・」「知らないところを紹介してやろうと思ったのに・・・」人が聞くと傲慢な態度、物腰であり声色で誰も聞いていないと思ってか、もしくはワザと聞こえるように喋っている人がいた。その相手が実はその事を知っていることを知らなかったり、実はその場所も知っている事を知らなかったりしている事を知らないでそんな態度というのは滑稽で、このブログでずーっと書き続けてる事というのは、この事でもある。人の上に立つという事に値しない態度、人格、誰かに教えること、その時の態度=聞き手がすんなりと受け入れる態度であり、聞き手の性格などを考えて対応を変化させる事もあるって事すら知らない。さらには閉鎖的な態度もハッキリとその一言に集約され、自分達は特別だ・・・とは言わないまでも、ほぼそれに等しい優越感や特権意識、勘違い、傲慢さが滲み出ている人だった。このような人からは誰も何も教わろうとは思わず、聞きたくもない。このブログ管理人もそんな人です。
  • 近所の学校などではテストでのカンニングが横行してるらしい。それを止めさせる事も出来ないらしく、ほぼ無法状態だと嘆いていた人がいた。世の中そんな感じらしい。
  • 今の20〜30代、40代は小さいときからコンピューターゲームが傍にあった。パソコンで遊んでいる人も多いが、任天堂ファミコンが多かったのもこの頃。次第にメガドライブ、PCエンジンなどとハードも増えていったが、中心はファミコンスーパーファミコンだった。翻って今は小さな頃から家庭用ゲーム専用ハードの種類が当時の倍以上あり、さらには携帯ゲームにパソコンも当り前。友達同士で同じゲームソフトを遊んでいる(もちろん別々のハードで)・・・というのも昔に比べたら減っているとの話しもある。当然オンラインゲームもあり、昔とはその事含めて人付き合いの希薄さであり、変化があるのは良い意味でも悪い意味でも当り前ではあるが、若い親の世代が友達同士などで遊んでいた時のコンピューターゲーム=・・・イコールとは言わないまでもほぼファミコンとなっていたのとは異なる環境。その他ゲームソフトも変化し、Wiiなど家族で楽しめる方向に進んでいるが、それが一部家庭内の問題にもなっているらしい。親の世代が小さな時、コンピューターゲームは子供がほぼ独占できる自由な遊び場だったが、その親の世代がゲーム慣れしていることもあり、兄弟喧嘩やら親との間で例えば1日O時間だとかの決まり事があってそのことなどで言い争いになった時に仲裁役を果たしていた昔の親=子供家庭用ゲーム機とはほぼ無縁だった親とは違って、親そのものがゲームを巡って自分の子供と主導権争いや、ゲームでの勝った負けたを本気で言い争ってる所もあるという。中には「これは親が買った=購入したハードでありソフト。先に遊んで良いのは本来ならこっちなんだから!」などと、おおよそ誰がどう考えても親とは思えない暴言を吐く精神未熟者もいるらしい。同じゲームで遊んでいて親のデータが子供のデータより先に進んでいたり、子供の苦手なジャンルでゲーム慣れした親が差を見せつけるように遊んでいたり、手加減やちょっとしたハンデもつけないでコテンパンに倒してしまうらしい。そんな事で勝ち誇る未熟バカ親先に進まれた場合、子供の性格によってはやる気を失う場合や、我先にと速く進めることしか考えられず、ゆっくり息抜きや楽しみの場として遊ぶ環境すら奪われ、自由に時間をかけて楽しむ事をゲームを通じて覚える事もないのだという。しかも、この場合争っているのが自分の親。学校で勉強や部活、クラブ活動で何かしら言われ、塾に通え、習い事云々と日々様々言われ続ける中、家に帰って楽しめるハズの家庭用ゲームの世界まで親に主導権を取られては完全に精神的な逃げ場が無くなってしまう。家に帰りたくないだとかの騒ぎに発展する所もあるそうで、相当精神的に参ってるのだろう。その他に趣味があれば問題無いと思うかもしれないが、このダメージは小中高生などに関わらず残る。友達同士というのは、勉強であれ何であれ学力その他に大きな差がなければ、たとえあっても教えあったり、助けたりと一見競争のようで、確かに競争ではあるが本人同士はそのような感覚に乏しかったりする。ただしこの場合は親の精神が未熟なため、配慮が全然無い。小さな頃からこれでは性格がひん曲がって当り前だ。このブログ管理人の家では家族の一員たる犬にも、彼らが自由になれる環境、必ず犬達が負けない環境があるのに、こんな家庭環境で育った子供たちが真っ直ぐな性格をしていたら、それは親や学校の教育では断じてなく、子供が生まれ持っていた強い精神力と、かけがえのない友達関係の賜物だと、このブログ管理人は思う。