0⇔∞(仮・はてなブログ継続)

こちらのブログは、はてなダイアリーの同タイトル日記から継続しています=管理人は一緒。Twitterと以前のブログ含め管理人筆者は生物学的にも精神的にも生まれてから約半世紀変わらず2000%男ですよ。

RPGとシミュレーションゲーム

 この日付の内容は前後の日付及びカテゴリー[1980,90年代]全部と関わりがあり、当ブログの一部。

 コンピューターRPGは生産された同一タイトル同一機種同一版において、全て同一のストーリーを持つのは当り前である。しかし、移動した場所、歩いた場所に歩数、レベル上昇時における能力値のプラス、マイナス。敵キャラクターとの戦いにおける選択肢の変化であり、仲間の変化、入手したアイテムの順序、基準となる場所へ到達した時のレベルに当然、キャラクターの名前などなど挙げれば際限ないが、全て同じとなることはほぼ無い。マルチエンディングを持つコンピューターRPGだろうと、それは同じ。ラストシーンが同じでも、遊ぶ度にその遊び方は全て異なる。
 これはコンピューターRPGだけではなく、シミュレーションゲーム、アクションゲーム、シューティングゲーム、その他全てにも共通する。
 コンピューターゲームソフト1本1本全てに遊ぶ人の個性が反映され、同じラストシーンでも、そこに至る途中の行動は、細かく見ると遊ぶ度に毎回完全に、異なる。

 これでも同じだと言う奴は、毎日の出勤、通学などで同じ所を同じ間隔、歩幅で歩き、同じだけ酸素を取り込み、エネルギーを消費し、動いてるときの指の動かした方向から角度、瞬きした回数に場所、速度、坊主も含めて、髪の毛が風になびいた本数、服に付着したゴミの数から何からなにまで全て毎日同じという事と同じ意味を持つこととして生活してる者とする。要するに、このブログ管理人とは別の考えをであり、別の次元で生きている動物であり、その間は遮断されていることを意味する。
 このブログ管理人はコンピューターゲームで遊ぶ場合、以上の事柄から毎回違う遊び方をしています。大まかな選択肢においてもちょっとずつ変更を加えながら遊んでいます。同じになることもあります。人間ですから、それに誰にも影響を与えない一個人の限定された趣味の領域ですから、気分次第です。当り前です。

 コンピューターロールプレイングゲームに限らずシナリオ=ある種の話しが軸となっているコンピュータゲームは容量の問題もあって、マルチエンディング(※注意:複数の結末が用意されたお話し。マルチ商法とは一切無関係であることを普通の脳ミソを持たない方々の為に説明する)でもないかぎり、話しが一本道なのはある意味で当り前。テーブルトークのようにその場での変更は不可能で、融通が利かないのもコンピューターである以上、制限があってこれも当り前。そこで様々な工夫がされている。前記のマルチエンディングや、複数の主人公を用意してそれぞれ違う話しを持たせたり、本筋のシナリオ以外に遊び込める要素がある場合もある。シミュレーション同様、遊ぶ側のこだわりや応用力で深〜く遊べるものもありますね。
 さらにはある程度その世界、シリーズがその全てではなくとも好きだったり、登場人物にある程度感情移入出来ないとコンピューターRPGを問わずRPGやシミュレーションゲームというのは遊べないのがこのブログ管理人。幅が広くなってしまうが、アクションゲームにちょーっと付いてるお話しにはあまり興味無い。こだわりなんかが感じられ、共感出来る場合はあります。キャラクター設定、ストーリー、こだわわりなんかを気に入ってるものも当然あります。特に天誅1,2の場合。外伝ではありますが、1,2の雰囲気を受け継ぐアレもよい。若い子は今までの天誅にいなかった種類の人物で、ちょっと浮いてるのは版権が変わったからだろう。彩女も言葉遣いがキツクなってます。・・・そういう意味ではあちらの雰囲気やゲームから溢れるこだわりなどは、残虐性が増したとはいえ受け継がれていて好き。天誅1,2を中心になって作った方々の作品「忍道 戒」は、制限時間あるものの、それに対応したスピード感溢れる大袈裟じゃないアイテムや操作が可能になっていて、これもまた傑作。天誅シリーズと同じく服装その他、楽しめるツッコミどころ満載作品なのも共通。/この天誅やPSのMGS,バイオハザード1〜2なんてのはちょっと別格です。下の日付や、このカテゴリー内にも書いてありますから参考に。人生で遊んできたコンピューターゲームを考えたらほんの少しですが・・・アクションゲームの場合は操作性やそのシステム、爽快感などなどがまず大切。細かく書けば際限ないので省きます。詳しく知りたい方はコメント欄へ。それ以外は知りません。付け加えると、アクションゲームの場合画面内のキャラクターを操作できなければ、いくらマップが判っていてもどうにもならず、対ボス戦も当り前ですが同じ。だから、アクションゲームやシューティングゲームなどを現実に例えるなら「実技」になるとこのブログ管理人が思っています。
 シリーズ物であっても異なる主人公が登場した場合、ゲーム自体は好きでも、その主人公にはどうも共感できない・・・と、考えつつ遊んでる場合はある。
だからといって、例えばファミコン時代、SFC時代に遊び、未だに名作と考えているコンピューターゲームの絵が2Dだから3Dやら本物の人間には興味が無いんだとかの短絡=脳ミソ入ってない生き物は無視します。RPGはその名のように役を演じる遊び。ただコンピューターRPGはもうその言葉からは離れてる感じすらします。・・・だからというワケでもありませんが役柄がどうでも、その世界観やシリーズの雰囲気、システムが気に入って遊び続けてる事もありますね。かといって、その価値観で現実も生きているかというと、それは違う場合もある。こんなのは当り前のこと。コンピューターゲームも勿論ですが、映画、物語の話しであり登場人物などは現実と似ている場合や同じ部分こそあれ違いますからね。だからとあるコンピューターRPGや物語で共感したキャラクターがいようと、現実でもそうなるかというとそれは違う。特にこのブログ管理人が好きになりやすいのは現実では少ないもしくは絶滅した高潔な人が多いので特にそうなる。よって現実の人間が「私はそうだよ」なんて軽々しく言い「だから言うこと聞いて」なんて言った場合は・・・・「よく考えろ」とでも言いたくなりますね。
 シリーズが続いていてもその変化には敏感。同じシリーズであっても別作品というのは世の中に多いのです。そして、そのどれを選ぶのかは購入者=このブログ管理人が決めることです。
 あまり関係ないことですがシリーズ物の場合、上記のように同シリーズながらシステムなどが気に入らない場合など特殊な事情を除いて(例:他機種からの移植順序そのものが違ったなど)ほとんどが1,2・・・などと順番に遊んでいます。

 システムが気に入らないという代表例を。
 他の日付でも詳しく説明してますが・・・例:ウイニングポストの3と5は内容の一部が気に入らないため購入後も内容確認の為少し進めただけで遊んでません。
 ウイニングポスト1〜7はデータ・・・もとい資金だけが引き継げるシリーズを除いて、それぞれの競走馬、種牡馬繁殖牝馬、人脈などは全てゼロから始めるため、全ての作品が完全に独立しており、シリーズとして発展している部分を除けば一切の繋がりはありません。同じ競走馬=血統の馬がいたとしても、出走した競走、預けられた厩舎、騎乗した騎手、とった戦法から歩数、走った場所、その時の体重であり、天気、全てのローテーションなどなど全部が一致しなければ、たとえ性質は似ていたとしても別の馬となることぐらい当り前。
 このシリーズは初代と2において個人馬主スタート。資金が増えてから牧場を作れ、オーナーブリーダー“にも”なれる成長システム。2では施設拡張も可能。3はWP2の牧場を引き継いだという設定からスタートするようにそれ以降全てがオーナーブリーダーとしてゲーム開始(要するにウイポ2で遊んだ人は皆牧場開設まで遊んでるだろうという事)。WP6でもどの立場から開始しようがオーナーブリーダー。7やWPワールドでは再び個人馬主としてスタートできるモードも用意されてるようです。ちなみにWP2ではペーパーオーナーモードもあり、多人数でも楽しめます。

 WP3はお買い物ゲーム。ひたすら馬・・・あまりにも初期資金が豊富な為、ひたすら高額な競走馬を集めるだけで競馬シミュレーションではありません。勿論、こだわっても遊べます。全部が有名馬ではあるものの、珍しい血統、滅びる危険のある血統だけをその資金をフル活用して買い集め、良い成績をあげ、種牡馬として残す。牝馬も。4も似たような雰囲気だが、まだ1,2の良いところを受け継ぎつつ、正統派として発展している。新規入厩出来る頭数が5頭なのと、東西レースがそれぞれ6レースだけなのを除けば。その代わり、地方交流レースと海外レースが増えていると考えればいいが、どうして国内レース数をWP2から減らしたのかは疑問。そして、3と4はダビスタの影響を一部分受けているウイニングポストシリーズ作品でもある。3は馬の絵(柔らかい線と色)、やレースシーン。4はレースシーンの動きがダビスタ。レースシーンではWP5,6ほど不都合なな場面は発生しない。真横移動はあり、これによってそれまでには存在しなかった距離&タイムロスが発生。
 3がお買い物ゲームなのは牧場を持ちスタートし、初期資金がそれぞれ30億と20億。3は牧場建設に一切の費用は不要。4も同シリーズ中最も安い建設費用で牧場を開設できます。3、4の場合あとはひたすら他から馬を買ってくるだけ。血統知識は必要で、特に4は牝系が2代目までしか表示されていないので、一番最初の状態を記録していなければ年数経過と共に判別不可能になる為、種牡馬は得意でも・・・という方には大変かもしれない。そんな3,4に関してもいわゆる初期プレゼントホースは存在するので、牧場拡張する必要が無い以上、ひたすら大当たりするまで馬を買い続け、スケジュールを細かく考えながら(馬の体調管理含め)進める・・・資金の心配があまり無い事以外はほぼ同じ。・・・超簡単に大馬主になりたい方や「世の中Moneyさえあれば他は一切必要ない」「Money以外は全部ボロクズにように捨ててしまえばいい」という考え方の人=馬が走らない?じゃ、それは殺して別の買ってこい。それも駄目なら殺して別の買ってこいってこと。人で例えるなら・・・あいつ原稿読むの下手だから殺して別のヤツ連れてこい。それも駄目ならソイツも殺して別のヤツ連れてこい。あいつはOOの成績悪いから殺してしまえ、別のヤツ連れてこい。あいつはこの会社を駄目にしたから殺して別のヤツ連れてこい。Moneyは腐るほどあるから気にすんな。Moneyさえ渡せば誰も逆らわないから好きにしろ。・・・などなど、こんな考え方の人にこれは最適。1日で終わります。そうじゃない、競馬・・・というよりこのシリーズは馬主&生産者視点が強調されてるコンピュータゲームなだけに、その視点で遊ぶのが好きな方にはこれもお薦め。
 WP4は牧場開設に3億円が必要なだけで、あとは同じ。しかし3よりはWP1,2の流れを継ぎ、そんな簡単にビッグレースを勝てるわけではない。それでも難易度は低め。変則ぎみだが、正統派の流れは受け継いでる。入厩頭数やその他問題多いですが、気軽に始められ、楽しいです。
 WP3と4で本当に惜しいのは、もし、牧場を持たず、個人馬主としてスタート=少ない資金から始める今までのスタート方法と、オーナーブリーダーから始められるような選択肢があれば、シリーズ中最高作品になっていた可能性があるということ。あとはあの肖像権を問われかねない似顔絵と、軽い口調の登場人物やら多くのマイナス要素もあるけれど。

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 WP5はこのブログ管理人が桜子ひいきということもあり牧場長が気に入らないので購入はしましたが遊ぶ気が失せ、遊んでいません。選ぶ土地や秘書によって牧場長は変化するようですが、パソコン版とは異なるようで、このブログ管理人が始めようと思った場所と牧場長が一致せず、やはり秘書の問題があるようです。それでも我慢してちょっと進めた印象ではWP1,2の流れを継いだ正統派発展系です。しかし、レースシーンは6同様最悪で、6のレースシーンがダメになった原因は、5のレース画面に開発者及び発売当時のユーザーが誰も文句を言わず、開発者が競馬のルールを知らなかったということ。さらには当時の外国産馬出走制限数も間違い。これは、WP6が正解。その他はほぼ6と変わらない酷さながら、6はまだちょっと改善された仕様です。WP5の難易度は低め。かなり簡単に勝ち上がれます。その辺はスーパーファミコン版やその他シリーズと変わりません。スーパーファミコン版含め、ウイニングポスト1〜5はWP6の難易度Easyと同程度と考えるべきでしょう。同シリーズでは珍しい種牡馬が入ってるだけに残念な仕様です。当時の競馬番組表であり、種牡馬繁殖牝馬が使える以上、出走制限など、再現可能な範囲で当時のルールに沿って遊べるのが望ましいとこのブログ管理人は考えます。勿論、その後のパートⅠ国昇格を考えれば枠など無いほうがより現実的かもしれませんが、当時はまだ制限があった以上、このルールは尊重されるべきです。・・・そして同シリーズのスーパースターと言うべきサードステージが登場しない。これが遊ばない決定的な理由。
 そのWP6も5と同様正統派発展系。個人的に牧場長の問題はなく、レースシーンこそ5と同様最悪ですが、遊んでます。それでもレースシーンは見ていますよ。難易度はNormalに設定してあります。
 他の日付でWP6について文句を書いてますが、それらを改善していたら家庭用ゲーム機史上、歴史に残るほどの完成度を誇ったであろう作品に仕上がったのに、それを放棄したから文句を言ってるということを理解してもらいたい。・・・改善不可能だとかそんな箇所は一つもないのにね。
 他の日付で書いた「爽快感の欠落。SFC版やPS版にあったレースを勝った時素直に嬉しい感覚、自然と手や体が動き、喜びを表現出来る感覚がこの競馬ゲームには無い。」に、ついて。勝ち慣れ、ある程度の傾向を把握するとどのシリーズでも自然と消えてしまうものですが、この作品=WP6の場合、たとえ拳を握りしめたとしても「よしっ!」という意味ではなく、「今まで何度も勝てた馬なのに、その全てを未修整の酷いレースシーンとバグ=プレイヤー潰しの競走馬がレースに数十頭登場するエラープログラミングなどによって潰された馬が、ついに実力と等しい結果を、その強さを見せつけて手に入れた!」という後ろ向きな感情が含まれたどす黒いポーズ。決して、嬉しくて自然に体が動いたものではない。「それが狙いだった。開発者への怒りをレースにぶつけて、それを上回った喜びを狙ったんです」などと言い訳以外の何でもないことを開発者が言おうものなら・・・2009年に発売された最新作のレース画面を見てみればその答えはあります。あれが、本来はWP6のレース画面になっていなければならなかったのです。その作業をWP5の開発者及びユーザーが怠ったから、ここまで時間がかかった。もっと言えば、あの程度の画面はWP1,2,3,4の時点で完成されていた。よって、そんな発言は絶対に言えるハズが無い。言ってはならない。ただし、正常にレース画面が動いてる状態で所有馬が勝てば当然嬉しいですね。それは当り前です。
 足りない事は沢山あります。だから、全て遊んでる側が補って=頭の中で独自のストーリーや設定を考えて遊ばなければならないのは、全てのコンピューターゲームに共通しています。例えば他の日付で書いたように、競走成績のよろしくないお馬さんは地方競馬へ移籍しただとか、乗馬スクールを牧場と併設して開き、そこで頑張ってるだとかのストーリーを与え、さらには襲われないように警備も雇い・・・様々です。
 ウイニングポストシリーズは初代〜2とそれ以降では完全に別のゲーム=遊び方が変わったという意味で完全に別のゲーム。特にWP5から重要度を増しているのがそれまでは存在・・・プレイヤーが所有することはまずなかった条件馬。それまでは「オープン馬以外は競走馬にあらず」が、ウイニングポストシリーズの競馬観だったと思います=より楽しむ為に簡単に勝ち上がれたと考えるべきでしょうが、それまではほとんど見向きもされなかった条件馬に光りをあてた作品でもあります。と、いうことは勝ちきれない競走馬が沢山いるということです。それは、プレイヤー以外の馬主が所有している競走馬を見てみるとハッキリします。これは、現実の競馬に近い感覚なんじゃないかとも思います。有名レースに毎度出走してくるスターお馬さんより一生懸命走ってる条件馬のほうが多いのです。WP5以降はそんな競走馬を所有する楽しみも味わえます。
 これはKOEIの代表者シブサワ コウが同シリーズの説明書などに何度も書き、そして第一作品目、自牧場で最初の仔馬が産まれた時のシーンを見てもハッキリするように「競馬はそれだけのスポーツではない」という意味に近づいた作品であったかもしれません。・・・などと1人のファンとして思うだけに、この中途半端な作品は何とも言えない残念さがある。

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 7は1980年代からスタート出来るのに番組表が現在のままということもあり、購入していません。今とは中長距離のレース体系が異なり、当時の活躍馬が活躍出来ない可能性もあり、また逆にダート競走が充実し、外国産馬への門戸解放、国際基準競走も増え、短距離路線が確立、認められた(古くは1600Mレースが日本競馬のスタートだったとの説も)現在の番組表において存分に走ることの出来る馬もいる事ぐらいは想像できますが、やはり中長距離馬は衰退するでしょう。海外遠征すれば解決するけどね、きっと。さらには史実馬をプレイヤーが使えてしまうということもこのブログ管理人には大問題。どうせなら倒してみたいと思うのがこのブログ管理人の心理であり、さらに、それらの馬は現実の時間をほとんど一緒に過ごしてきた名馬たち=このブログ管理人のようなファンの端くれにとって、彼等、彼女たちはヒーローであり、ヒロイン。いつになっても色褪せることのない記憶の、人生の一部。もし、活躍させられなかったら・・・という、あまり使いたくない気持ち、変な馬に負けるのも、たとえゲーム上とはいえ見たくないってのもある。しかも、この調子じゃ絶対に解決されていないであろう、あのレース画面で。
 現実のレースは各馬が命を懸け、ほとんど不利などない名手達によって争われて決まる勝ちであり、負け。その中で生まれた名レースであり、名馬、名実況(?)。それをゲーム中で再現されたところで何とも思わず、さらにはあんな環境=レース画面であり、レース中の挙動で名馬たちが負かされようものなら怒りでゲームを壊す自分の姿を思い浮かべる事など簡単です。そんなこんなで買ってません。・・・単純に2008年からスタート出来るモードもあるようですが、だったら(以下略)。そんなこんなでこのブログ管理人はWinning Postシリーズの7では遊んでいません。遊ぶ気がありません。遊びません。買う気すらありません。このブログ管理人はプロフィールにも書いてあるように自然権が認められている国、土地、都市で生活しています。このブログ管理人がコンピューターゲームに限らず現実人生全般において、このブログ管理人の意志で決められる行いの全ては、このブログ管理人が決めます。今までこちらが知らなかったからといって好き勝手に自分達の都合が良いように利用してきたみなさん、もはや永遠にあなた達の自由にはなりません。
 ・・・100人いたら100通りの遊び方が存在するシミュレーションゲームというジャンルを楽しんでくださいね。それが認められない人や、理解できない人は、不向きです。

  • レースシーンについて:同じようなことをこの日付の真ん中辺りに、異なる事柄で確かではないものの、書いてあります。では、この場合で目が見えない人はどうしたらいいか。レースシーンに限らず全てを音声で説明できるシステムを用いればいい。目と耳も駄目な人はどうしたらいいか。タッチパネルorスクリーン上に点字=The Braille system をリアルタイムで表示して説明するといい。指も動かない=全身が動かなければどうしたらいいか。口や顎などを使って動かせるシステムは医療現場じゃなくとも既に使われている。その状態で目が見えるならレースシーンを変えるだけでよく、目や耳もダメなら脳に直接信号を送るシステムがあるので、それを使うといい。・・・・コストの問題は、知らない。今の世の中は障害を持つ者が最もMoney=お金を入手出来る可能性が低いにも関わらず、その人たちの為に作られる物は通常よりMoney=お金がかかり、購入しようとすると、高価になるように設定されてる。今まで書いてきたことを大量生産、低価格で提供出来るようになれば人間の世界もマトモになったと言えるのではないか。もし、このようなことでコンピューターゲームやスポーツをする・見るなどの行為を差別とするのであれば、今の地球上全てが差別的だ。それをよーく考えてから発言しやがれ。
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 誰かの行動や発言、結果を見てから自分の行動を決定し、そしてその人を上回ることだけを目的として行動する人とこのブログ管理人は永遠に理解し合えない。

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  • ついでに。ゲームの攻略本には誤植含めた間違いが多く、中には「本当に遊んだうえで本作ったのか?」と思わざるを得ない内容が連続してるものもあれば、競馬ゲームの場合なら適性距離やら能力値などにも現実と異なる評価を下しているものが多く、時には編集者の偏見と言ってもいいコメントがついてる場合すらある。勿論当ってると思われるものもありますけどね。さらに、ウイニングポストシリーズの攻略本に限定するなら、ゲーム内イベントや、いわゆる「ウイニングポストシステム」といってよい成長システムの記述に間違いがあったり、シナリオスーパーホースの入手方法などにも各種本によっては異なる事=実際に遊んだときとは異なる事が記入されている場合もあります。そして、シナリオスーパーホースも様々な種類がいるので、本当に強い馬は強いが、決して無敵ではない。成長させた2番手スーパーホースでも十分に勝負出来る時だってあるのです。ただし、序盤のストーリーはほとんど決まってます。ウイニングポストシリーズはとある競走馬の物語=血を繋いでいる・・・というのが本当のお話しです。特に、1と2は。ただし、シリーズ通じてその物語は流れています。
  • さらには近頃見かける「コンピューター競馬SLGの感覚そのままで現実の競馬を見ちゃってる恥ずかしい人」ってのが増えてる。現実の競馬は命ある生き物=馬であり人間が行うスポーツ。日本とアメリカのように競馬場はほぼ全部楕円形で、本場場入場からゲートまで半周か直ぐ目の前という移動でのと、ヨーロッパのように必ずしも楕円形ではなく、半円から様々な形状の競馬場があり、ゲートまでレースと同じ距離を人馬共に歩いて・・・小走りで移動してから同じ距離のレースを走る事や、そのコース上にある起伏などは日本、アメリカが早い時計重視のほぼ平坦に対し、ヨーロッパは起伏の激しいコースが多いことも知らない。シーキングザパールアメリカ産)のレースレコードは未だに変わらないものの、日本でそこそこ当時速く、ヨーロッパでGlレベルを勝った日本馬のタイムはやはり他のヨーロッパ、アメリカ馬と同じようなタイムに落ち着いてるのもそれが原因(レコードタイムを持ってるディープインパクトにしても同距離のタイムとして考えるなら、凱旋門賞など圧勝しなければならないが・・・それはエルコンドルパサーにしても同じ。勝ったタイムは同じレースの他タイムと比較しても驚くようなタイムではない)。アグネスワールドのタイムなど、稍重、不良馬場とはいえ同じレースの歴代タイムと比較しても遅いが、日本の1200メートルでは1分6秒程度で走れるスピードの持ち主であることを忘れてはいけない。2010年に記録されたイギリスダービーのレコードにしても日本であれば2500メートルに相当する時計。しかしそれは、同じ距離を一度「逆送してスタート地点まで行き、そこからスタートしている」事や、コース形状であり、起伏などが比較にならないほど激しいからだということも知っておくべきだろう。日本馬が世界のレースで勝てないなどという時代は終わったが、日本の競馬場とと同じタイムで走ることを期待するのは「無理」とは言わないまでも、そこまで求める必要などないのではないか。飛行機での移動、天候に馬場状態、年齢を積み重ね、その時の体調や病気などもあることを知っているのといないのとでは、コンピューターゲームを遊ぶのでも現実を見るのでも変わってくると思うが。

 コンピューターゲームで遊んでるのは好きで趣味だからであり、子供時代を除けば(それにしても小遣い貯めたり、お年玉や、誕生日プレゼント程度)自分のお金で購入してきたソフト、本体、周辺機器で、つまらなければ購入者にとってクソゲーであり、プレイ出来ない理由云々の話しなど必要なく、楽しくコンピューターゲームを、現実生活の合間に息抜きや趣味で遊ぶのに=実生活での優先順位ならば4〜5番目。良作と出会い熱中、のめり込んでる状態=ハマってる場合は順位に変動あるが、ワザワザ嫌いなことをする義務など発生するワケがない。・・・・ということすら説明しなければ理解できないヴァカがいるようだ。
 手元にあるコンピューターゲームソフトの中で持っていない物もありますが、その場合1000000000000・・・・・%、一切の間違いなく、遊び終わって買い取りに出した物ですね。
 もはや説明することすら飽きてきたが、当然、これらのコンピューターゲームを遊んだのはこのブログ管理人1人だということです。誰から貰ったコンピューターゲームソフトなど1本もありません。
 世間での名作はきっと名作でしょう。遊んでいなくとも、多分、そうなんだと思います。遊んでるものでその評価にある物は同じくそう思ってます。遊んでない場合はノーコメントですが、異を唱える人もいるでしょう。その評判につられて購入し「んじゃあ、こりゃあ!」と叫んでいわゆる世間とやらがどれほど狂ってるのかを小さい頃に経験してる以上、それがいかに当てにならないかは知っています。このブログ管理人にもそのようなシリーズ、作品はあります。そして隠れた名作やら個人的名作&好きでどうしようもない迷作もあります。スポーツゲームに関しては、そのほとんどを現実でもプレーしているこのブログ管理人は、動きなどの再現度を重視しての選択が多いですね。それだけに、意図的としか思えない崩し方をしてゲームを完成品としてるソフトに関しての評価は遊ぶ遊ばないを別に、徹底的に低くしてあります。
 ※ウイニングポストなどに関してはこちらの日付や、こちらの日付にも書いてありますから興味ある人はどうぞ。
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