0⇔∞(仮・はてなブログ継続)

こちらのブログは、はてなダイアリーの同タイトル日記から継続しています=管理人は一緒です(Twitterと以前のブログ含め管理人筆者は男ですよ)

人生の先生、友、師であった人間や生き物

  • 日々どうでもいい事、小さなことから大きな不満やら批判、文句などなど繰り返し書き続けてるこんなブログ管理人にも尊敬する人間含めた生き物がいる。共通するのは諦めないことと、立場を理解して自分を律し、もしくは生まれ持った自然さで相応しい対応をしていた人など。自分の言動がどんな影響を与えるのか理解しつつ、しかし、不自然ではない。大袈裟でもなく、その人や生き物にとって、そうすべきことが当然で、その心、全身から威厳・・・というか、全てを包み込むような光りを放っているかのように感じさせる。・・・だからその立場を理解せず、くだらない値しない言動を繰り返し、簡単に全てを放り投げ、「諦めろ」だとか人を貶めるような事を軽々しく口にするような、態度を取るような、それなりの影響ある人間などを絶対に信用しない。絶対に認めない。
  • この日付以外にも書いてるが、このように物事が始まった時から関与していなければ、その物事に一切関わってはいけないと考える人がいるのは、もはや誰もが知ることだ。このブログ管理人が知る限り、この者達は病的なまでに順番に執着する傾向が強く、特に番号や数字に強烈な執着をみせる。1から続く物であれば必ず1から関わっていなければならないと病的、狂信的に信じ込んでいる場合がほとんどで、彼等から見て途中から入ってきた者に対して集団で排除する行動が認められる。この行動に関して彼等は犯罪をも辞さないことが既に確認されており、危険な集団である。このブログ管理人は無視して行動しているが、武器は携行していない。しかし、いつでも戦う準備は整えて外出している。ハッタリでも何でもなく、1対1で何も出来ないようなゲス野郎共を恐れたことなど一度もない事を付け加える。集団で襲われても数人は道連れにするか手足の1〜2本などは奪うぐらいの心構えはいつでも出来ている。来るならいつでも来い。脅しではない。死ぬ準備だけはしておけ。大袈裟ではなく、これは、2009年の日本における現実ということを記しておく。ちなみに、このブログ管理人はそのほとんどにおいて1から関わっていて、他人に強要したことなど1度もない。そして、そのように新しい物事を知る権利は誰にでもあると考える。そこで、そのような人々に考えてもらいたいことがある。あなた達はいつ生まれたのかを。あなた達は地球の歴史に、地球の命に途中から入ってきたではないか。そして、このような考えを地球上で持つに至り、何故、今もって生きているのか。始まった時から関与していなければならず、途中から興味を持ち、過去を知るのが許されないのであれば、例えば・・・戦争反対などの考えがこの世界に誕生した瞬間からこの考えに関与していない者はこの考えに同意してはいけないという事でもあり、人間が初めて服を着始めた時から関わっていない者は、その素材、原料が何であれ服を着ることに関わってはいけないハズだ。要は、このような考えを他に強要すらならまず、途中から地球に関与した「違反」の証明としてまずは死ぬべきだ。何故、生きているのか。・・・この矛盾が存在している限り、この主張を押し付ける者達に説得力、一貫性は存在せず、単に自分達の都合が良いだけであって、他に一切の影響力を持ち得ない。
  • このブログ管理人はF1におけるフェラーリは好きなチームの一つ。しかし、チーム内で明確な差をつける方法だけは昔から嫌いだ。これによって実力あるドライバーが1人、最初からチャンピオン争いに参加していないことになる。自チームのドライバーも正当な、明確なルールの下でチャンピオン争いの相手としている他チームでの選手権1位ドライバーより、遥かに有利な立場で進められる事は、もし、比較するのであれば考慮すべきだ。
  • このブログ管理人はバッジや資格の有無だけで、その内容、本当のことを理解せずに人を判断するようなことだけはしない。