0⇔∞(仮・はてなブログ継続)

こちらのブログは、はてなダイアリーの同タイトル日記から継続しています=管理人は一緒です(Twitterと以前のブログ含め管理人筆者は男ですよ)

暴言ではなくこれは本心だろう

  • Jリーグの解説者、プロ野球の解説者が偶然にも同じような事を発言していた。共に元プロ関係者(選手や監督)で、彼らは「八百長してでも、買収してでも、相手選手を怪我さてでも勝ったほうがいい。勝てるなら喜んで八百長に買収もする。ボールもぶつける。タックルで怪我をさせてやる」との発言。調べたら沢山出てきそうですね。そんな事してる解説者の話など誰も聞きませんよ。このブログ管理人は実力出して、毎試合全力で出来ることをしているそのスポーツが上手なチームや個人が好きで、八百長・買収、怪我をさせてでも・・・と、考えてる=この場合は実行されてるチームや個人はたとえ伝説でも認めない。だから、このブログ管理人の好きなチームや個人には有名じゃないものも多数あります。ただし、そんなチームの試合だけに、一度見たら毎週、毎試合見たいと思うチームばかり。もし、その街に暮らしていたら・・・生活が破綻しないように見逃せないと、毎試合足を運ばずにはいられない、スタジアムに通うような試合をしてくれるチームばかり。勝っているチームは勿論、その結果に関わらず自分達の全力を尽くし(ごく稀にそうじゃない時もある)、見に来た人たち、見ている人たちの為にも最高のプレーをしようとしている個人&チームというのは、その時点で勝者です。
  • たまたまチャンネルを変えたら放送していた「〜そこまで言って委員会」だったか、そんなタイトルの番組内で、大相撲について「意図的にスター=注目選手などを作ろうとはしていない」だとかその他八百長関連の話題。聞いていると、まるでコンピューターゲームのシナリオ、プログラミングを現実世界のスポーツに当てはめようとして失敗した話しの連続。コンピューターゲームはあらかじめ用意されたシナリオなどがある場合もあり、さらには、するかしないかは条件・状況・遊ぶ側各自意識の違いや差もあり、遊ぶ側の判断としてもワザと負ける事=勝たせる事も出来る(特にシミュレーションやスポーツゲーム)。コンピューターゲームは遊ぶ側それぞれ別の世界があり、その時点で全てが自由。しかし、それを現実の競技で行うと八百長でありやらせとなる。プロレスはともかく・・・というより、なぜプロレスは大丈夫で相撲はダメなのかという話ししかなく、八百長ややらせに対しての罪意識など完全に無いようだった=この意識そのものが既に間違ってることを指摘しなければならない人たちが多数いる時点でダメだろう。前述したが、この調子なら野球やその他スポーツも完全に同じだ。いい加減番付だとかも止めて、全員一律同じ立場、それなりに十分といえる基本給しにて総当たり4回戦ぐらいの年間対決、さらにはミニトーナメントを多数作って勝利数などに応じて賞金を出せばいい。それで相撲の歴史=日本の国技は終わる。結局その程度の人間性しか持ち合わせていない者達の集団だということであり、それは相撲に限らず、世界中全て同じ。バカばっかりだ。
  • NHK BSでのチェルシーマンチェスターUtdにおいてNHKは画面表示でマンチェスターUtdのチーム内ゴールランキングを間違え(ベルバトフ19を10)、その他も間違いあり。それとは関係ないがレフェリーのM.アトキンソンは明らかなジルコフによるpkもらいプレーを見逃してpkを与えていた。・・・とてもプロフェッショナルサッカーの質に達していないチェルシー守備陣を「ワザと攻めずに」前半だけで4,5点もしくはそれ以上叩き込めたものを、手加減したことによって1ゴールで終わった事が、このように付け入る隙を与えてしまった、もしくは勝ち点差の余裕からくるプレゼントだったとしても、ほとんど八百長のような試合だった。
    • 最近NHK夜9時のニュースで「こんばんは」の挨拶と会釈が無くなったと見ていたら、放送のいい加減さはどんどん増加。Jリーグ開幕の柏x清水ではボスナーと平岡の背番号を間違え、インテルジェノアの放送ではジェノアのスタメンを試合前に放送せず、ベンチメンバーに至ってはついに表示しなかった。正確な報道などの意識が無いなら辞めてしまえばいいのに、何故、彼らはあれしきの態度で報道を気取ってるのだろうか。バカバカしい。
  • 近頃はほとんど購入していないJリーグのトト。Jリーグそのものに使われる額が少なかったり、言うほど支援に使われてないだろうってのはあったとしても、売り上げはスポーツ振興の為に使われる。ギャンブルにどっぷり浸かってしまった方々の気持ちはそれとして、このブログ管理人は一種の寄付であり、それこそ僅かな金額でもスポーツ振興・支援のために協力してる気分で購入していた。当った事もあるが、それはそれでおすそ分け程度の感覚。日頃見ているスポーツの環境や選手たちが黙っていても生まれ、育ち、作られているとでも思っているなら大間違い。その他様々な方面からの支えあってそれぞれの競技が成り立っている事を心底理解していれば「カネ賭けて見たくもない」なんて言葉は死んでも出てこないだろう。